SETC&ASTEK6月のご報告

 今月も盛況で13名の参加。学生からベテランまで幅広い年代の方が集まりました。賛否はともかく小学校英語への高い関心が伺えます。

 冒頭に川村先生の「クイズタイムショック」のご紹介。テレコで録音した手作り感がなんともいえずいいですね。そしてあの役者ぶり。あれだけで生徒たちは世界に引き込まれていくのでしょう。

 おもしろいなぁと思ったのは、生徒が問題作成に関われること。自分の作った問題にクラスのみんながチャレンジしてくれるのって、すごくわくわくしますよね。そして生ではなくテープを使うことの意義を再確認。

 メインの大島先生は、ネイティブが2人いたこともあり流ちょうな英語でのプレゼンテーション。いつもより格式高い空気となりました。その昔関わっていた自分としては、大島先生のご苦労もよくわかるので、うんうんと頷きながら聞いていました。

小学校英語と中学校英語

 さて、粕小での児童の様子を見ていると、あれだけの予算と手間暇をかけてくれれば(その成果と中学校での有効活用はさておき)小学校の英語学習もある程度充実することはよくわかります。でもそんな予算と時間があるのかなぁと不安になります。「どこの学校でもできる」モデルとして研究開発をするのであれば、「ビデオの活用」は現実的だとは思いますが、その他の全校的な取り組みにはものすごい負担が伴います。英語専科として配置された先生の苦労も想像以上でしょう。

 前任校で取り組んでいた頃から、「小学校と中学校では"fluency(流ちょうさ)"についてのとらえ方が違う」とずっと感じていました。小学校は「発音」にこだわっていますが、中学校では「場面に応じて適切な表現を選んで使う」ことの方が「すごいこと」のような気がするんです。その昔中学校で研究授業をやったあと、小学校関係者に「小学校ではあんなに発音がよかったのに、今はひどい」みたいなことを言われたものですが、あの授業における生徒の発言数や、その表現の多様性、論理的な会話の展開なんかはあんまり評価してもらえなかったんだなぁと残念に思ったものです。

 その辺のお互いのこだわりにもう少し「理解」や「歩み寄り」が見られないと、小中の連携って難しいんじゃないかなぁと思います。まぁ、英語教育に限ったことじゃないでしょうけど。

英語を使用させる場面づくり

 そんな中、大島先生が春中で実践されている「英語を使用させる場面づくり」の取り組みは、私が春中時代にやっていたことと重なって、すごくうれしく感じました。(表現集もこちらを活用してくださってましたし。) こういう表現のインプットはせっかくの連携を生かして小学校に前倒ししてもいいでしょうし、あえて「中学校でのこだわり」として残しておいてもいいとも思います。

 その昔「関ブロ」に取り組んだ時にもみんなで頭を悩ませましたが、日本の中学生にとって一番リアルな「言語の使用場面」って、やっぱり教室だと思うんです。買い物とか空港とかじゃなくて。だから当時も「学校生活の様々な場面」についてのスキット集を作りました。(そして挿絵を80枚描きました)

 生徒同士のリアルなコミュニケーション場面を英語学習に活用していく、という点ではCOSMOSなんかも「書く」という側面から役立つのではないかなぁと思うので、来月お持ちしてご紹介しようかなぁと思いました。