英語教育雑誌を創ろう!

 いろいろなご縁により、今月号の『英語教育』誌に拙稿を載せていただきました。さっそく読んでくださった方からいろいろなフィードバックをいただき本当にありがたいところなんですが、せっかくですので自分に足りないところがありましたら、そういったアドバイスもいただけたらうれしいです。

 ブログなどを通して自分で文章を書いて公開することには慣れているつもりでいましたが、やはり活字になったものを見ると、ものすごくドキドキします。出稿前も「もう直せない」という緊張感から、何度も何度も読み返しちゃいました。

 拙稿の中でも多くの人にブログなどで「書いて発信すること」を推奨しましたが、さらに一言加えるなら「活字にすること」も、ものすごく勉強になるとも思いました。いつでも加筆修正できるのがブログや等のメリットではありますが、「もう直せない」としたら何を自分の自己ベストとして他人に差し出すのか、という緊張感を持って考えるプロセスが大切だと感じました。そして「〆切がある」ということは、その時点での自分のパフォーマンスを最大限に高めてくれているとも感じました。

 もちろん、今回の掲載はホントに「いろいろなご縁」のおかげなので、そんなにしょっちゅうこんな機会をいただけるわけではないでしょうけど、ただ単に「プリントアウトして読む」だけでも、感覚が違うな、と感じます。時節柄、研究紀要や論文などをまとめている方も多いと思いますが、きっと同じように感じているんじゃないかと思います。

 そういう意味では、英語教育誌がこの『英語教育』と『新英語教育』、そして書店販売はしていませんが隔月発刊の『英検STEP英語情報』くらいしかなくなってしまったことが本当に残念に思います。今回の特集では、私のように無名な一般の英語教師の言葉を載せていただけたので、それだけでもありがたいし、個人的には(中身の質はともかく)価値のあることだと思っていますが、もっと多くの方々にそういう経験をして欲しいなぁと感じました。

 それで思ったのは、こういう英語教師の生の言葉を伝えて行くような、インディーズな英語教育誌雑誌が作れないか、ということ。もちろん出版不況の時代ですから個人では紙メディアで出して行くのはハードルが高いでしょうけど、PDF版とかなら配信できるんじゃないかなぁ。それじゃブログとどこが違うんだ、と言われそうですけど、ひとつのテーマにいろんな立場の人たちがああだこうだ書いたものを一度に読み比べられるって、やっぱり面白いと思うんですよね。インディーズなら広告主も関係ないから、より好きなことも書けるでしょうし。

 Twitterなんかでも、日々とても刺激的な英語教育論が語られています。でもそれはメディアの性質上どうしても流れていってしまう。もちろん、そんな「つぶやき」をまとまった「論考」に仕上げて行くのは簡単ではないでしょうけど、要するにそういうプロセスを多くの人に(特に現場の英語教師に)経験してもらいたい。そしてPDFだとしても、そうやってまとまった形に残して行くことで、日本の英語教育を底辺から少しでも動かしていけないかなぁと思うのです。

 もちろん企画をしたり、執筆者を人選したりするセンスや人脈が問われるところですから、今の私だけではできない作業でしょうけど、いろんな人の力を借りながら、いつかそんなものができたらいいな、と将来の大きな夢にひとつにしたいと思いました。

 「夢」みたいなものは、自分の中にしまい込まず自分の外部に置いておくことで誰かに触れ、何かが前に進むこともあるかもしれないと願い、こうやって晒している次第です。

 いきなり雑誌ができないにしても、何か面白いことできないかなぁ。まずは「一度みんな同じテーマで、同じ日にブログ更新してみませんか?」って企画を英語教育ブロガーに投げかけて見ようかな。全国同時多発ブログ更新。個人的には、それだけでもすごくワクワクするんですけど。