学習英文法への気づき

 土曜日に慶応大学で開催された「学習英文法シンポジウム」に参加してきました。

 "pedagogic(al) grammar"という視点での専門的な振り返りは、亘理先生のブログ「教育方法学でつっぱる」の記事が秀逸ですのでそちらをご参照ください。専門外のぼくは思いつくままに「中学校教師」の視点での振り返り。

 登壇者それぞれに専門分野や想いがあるでしょうから、お話もそれぞれ。シンポジウム全体の流れから言えばそれぞれに期待される役割もあったのでしょうけど、大津先生が提示した「日本人にふさわしい英語学習法を考える」というねらいにダイレクトに応えてくれたのは田地野先生(京都大学)と山岡先生(広島大学付属福山中高)のお二人だったように思います。このお二人は「意味順」「アルゴリズム」という具体を提示してくださいました。

 この「意味順」と「アルゴリズム」は、どちらも特に英語が苦手な学習者が英語を産出するための「足場」として考えだされたもので、教師として「生徒をできるようにしたい」という切実な願いが伝わってくるものです。ただ、どちらの方法も、複数の語からなる「意味のかたまり」を認知できるか、ということを前提としていて、実際にはそれこそが苦手な学習者にとって難しいところ。意味順や文型を理解しているからこそ「意味のかたまり」が「見える」んだろうっていう無限ループにも陥りかねないです。

 そう考えると、『これでわかる基礎英語』などの著書で以前から同じように語順(意味順)の学習を提案していた組田先生(成田国際高)が、その後「名詞句の視覚化(四角化)」指導に行き着くのも自然なことなんでしょうね。この「四角化」実践は松井先生(山口県鴻城高)もブログでよくご紹介してくれていますが、みんなそこにたどり着く、というのが面白いですね。

高校これでわかる基礎英語―ゼロから始める高校英文法 (基礎からのシグマベスト)

高校これでわかる基礎英語―ゼロから始める高校英文法 (基礎からのシグマベスト)

 文全体をメタに俯瞰する意味順・文型指導とともに、文をいくつかにパーツに切り分ける「目」を育てる指導を、平行して続けていく必要があります。東京学芸大学の金谷先生も最近は「中学生が名詞句を把握できるようになっていく過程」を追っています。この研究からも学べることが多くありそうです。

 さて会場には、「英語教育系」だけでなく「言語学系」などの方も多かったと思います。彼らの専門的な知見から学べるところをもっと聴いてみたかったようにも思います。大津先生(慶応大学)はいつものように「ことばへの気づき」指導を提案していました。これはこれで面白いんだけど、松井先生が指摘していたように「どんな気づきを」「どれくらい」向上させる必要があるのかがよくわからない。FonFの話を聞いてても同じようなことを感じます。

 「気づき」が生まれれば、そりゃあ「生まれない」よりはいいんでしょうけど、それがその後のその人の第2言語習得プロセスでどんな役割をするのか、またそんな有益な「気づき」にはどんなタイプのものがあるのかという類型や具体例をもっと聞いてみたかったです。今回のシンポジウムに合わせるなら、大津先生には「中学生の文法習得に役立つ10の気づき」とか提示して欲しかったな。

 シンポジウムは「学習英文法の価値を見直す」ことをねらいとしていたのでしょうけど、大津先生自身が小学校英語に対する強烈な「対抗馬」の役割をしてきたことを考えると、今回だって「文法なんて」っていう人も登壇させるべきだったと思います。大津先生は「例文を暗記して積み重ねるだけの学習」の限界を、同じフレーズばかり繰り返すアンドロイドのCMを見せて否定していましたが、あれもちょっとズルイ(笑) 同じCMを使って、文法的には正しいけどコンテクストに合わない言葉を発するアンドロイドを滑稽に描くことで「文法偏重の学習」だって否定できるんですから。大津先生の「比喩表現」は面白いんだけど、よーく考えながら聞かないと本質を見失いそうで怖いなぁと感じることがよくあります。というか、そもそも教師って比喩が大好きですね。その使い方を気を付けないといけないなぁと自戒。

 さて、このシンポジウムに参加中、Twitterのタイムライン上で、大津先生と同じ慶応大学で教える日向清人先生とやり取りさせていただきました。ご本人にも伝えましたが、こういう方が会場にいたら、また違った議論も聞けたと思います。当人たちはお互いを違う世界の人間と思ってるかもしれませんが、意外な共通点だって見つかるかもしれません。実際Twitterで日向先生も「母語と英語の対比を通じて言葉の仕組みに親しむといったsubstanceのある授業が望ましい」なんておっしゃってましたし。

 日向先生のようなビジネス英語系の人からも、大津先生のような言語学者からも「学校英語」への期待(不満?)を寄せられます。どちらからも学ぶところが多いけど、もしご当人たち同士が「あっちはあっち」と思ってるのだとしたら、言われるだけの学校教師としては困った話です。「そっちで話しつけてから文句言ってくれよ」とも思います。

 6時間にも及ぶ長丁場。でも「気づき」の多いシンポジウムでした。個人的には松井先生と久保野先生(神奈川大学)の指定討論者に、2人だけで(あるいは司会者の柳瀬先生も交えて3人で)ガチトークをしてもらっても面白かったかな、と思います。またそういう機会や企画があることを楽しみにしています。

 また会場では田地野先生や江利川先生ともお話させていただくことができました。田地野先生は『意味順英作文』発刊時の私のレビューを読んでくださってたそうで、大感激。江利川先生には『成長する英語教師』で執筆をお願いしていたので、初対面にこちらも大感激。その他、ブログを通して知り合った多くの方々にお会いすることができて、本当に有意義な一日になりました。みなさま、ありがとうございました。