「とりあえず書くこと」と 「書いたものに書き足すこと」

 「とりあえず書いてみる」の効能を実感しています。あ、自分で修論を書いてて、なんですけど。

 これまで(自分の妄想の中では壮大な)完成形をイメージすればするほど、書き始めることを躊躇している自分がいたんだけど、とりあえず、それこそコピペでもいいからと思って書き出してみると、そこを「こう直したい」とか「こうも書けるかも」ってアイディアが浮かぶから不思議です。頭の中で考えている時は、そんなことまるで思いつかないのに、自分が書いたものを前にすると次々と浮かぶんです。

 これは、それこそ私が修論で研究しているライティング指導に応用できそうですけど、特に第2言語の場合は、やっぱり一度文字にすることで自分の英語を客観的に見つめ直すことができそうです。

 そう考えると、Speakingのフィードバックだって、その場で随時自分がしゃべったことが文字になってたら、さらに効果高まりそうですよね。iPhone4Sに内蔵された音声認識(というかレスポンスまでする)Siriなんかを見てると、もうすぐそういう技術を教室に持ち込むことも可能になりそうな気もします。そうすると、explicitにせよimplicitにせよ、自分のしゃべった英語と視覚的に向き合いながら自分の英語を修正していくことができるようになるんじゃないかなぁ。

 そしてもう一つの発見は、一度書いたものに書き足していくのってなんか楽しいってことなんです。骨組みだけだったものに肉付けしていく作業は、なんだかわくわくします。単純に、紙が(画面が)文字で埋まっていくのが嬉しいんですね。

 この感覚を手軽に味わわせるためには、いつもゼロから書き出すんじゃなくて、シンプルなモデル文を与えてそれに書き足していくような活動も、特に入門期のライティング指導に必要な気がします。何を足すか(あるいは足さないか)で書き手の個性が出てくるでしょうから、同じモデル文からどんな作品ができあがるか比較するのも楽しいでしょう。もちろん、ライティング指導者としては、ある程度の理想的なゴール図も示す必要があります。

 いつも思うのですが、多くの人にとってライティングというだけですでに「応用」なイメージがあるんでしょうね。例えばテストでも、読解問題ではちゃんと1つの長文に対して簡単な設問と難しい設問を用意するのに、ライティングとなるとどれも難しい設問ばかりなのが気になるんです。ライティング能力だって、基礎と応用を分けて測ってあげるべきでしょう。だから、問1で上述のようなreviseの問題を出して、問2でフリーの英作文を書かせるとか、同じテストの中にいろいろな段階があるといいなぁと思います。

 0から10を生み出す練習、10を60にふくらませる練習、そして60を100に近づける練習がバランスよくおこなわれていくといいですね。

(全然関係ないけど少し前の大学キャンパス。綺麗だったので)