年の瀬。なんとなく今年を振り返って思い出に残っている逸品をご紹介するシリーズです。
「今年の一枚」ということで選んだCDは、NIKIIEのデビュー盤「*(NOTES)」です。たぶん今年一番聞いたアルバムです。レコードだったら「擦り切れるくらい」という表現を使いたくなるくらい、たくさん再生しました。こんなに気に入るとは予想もしてなかったので、自分でもびっくりです。
- アーティスト: NIKIIE
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- 発売日: 2011/07/13
- メディア: CD
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きっかけは、「紫陽花」でした。
3rdシングルになる予定だったこの曲は震災後にiTunes Storeでフリーダウンロードになってて、その時はふーんって聞いてたんだけど、急に涼しくなった9月のある朝、突然この曲が頭の中に流れてきて、頭から離れなくなりました。気になって検索して、アルバムを慌ててダウンロード購入しました。
そっからは、ヘビロテです。あまりにも気になっちゃって、10月にはネットでチケット譲ってもらって、超強行軍で単独ライブも観に行っちゃったくらいだし。
アルバムの他の曲も含めてかなり気に入ったのですが、特にこの「紫陽花」が深く刻まれてしまいました。なんでなんだろう?
基本的には地味な曲なんです。歌詞もメロディーも、特にドラマチックなわけでもない。実体験と重なるところがあるわけでもない。でも、ものすごく心にひっかかる。
さっき、その理由を考えるために何度もじっくりと聴きこんでみました。そして、そのときたぶんかなり久しぶりに「黙って」その曲を聴いたことに気が付きました。そう、いつもこの曲は聞いているうちについ一緒に口ずさんでしまうのです。そして、黙って聴いたこの曲は、とても地味な曲でした。というか、黙ってるのが苦痛でした。
かといって、ぼくの声質や音域にぴったりな歌というわけでもないんです。ぼくは比較的高い声も出るけど、この曲は合わなくていつも1オクターブ下で歌ってる。別に熱唱できる歌でもない。でも一緒に歌っているとものすごく心地がいいんです。本当に不思議。
たぶん、ことばとメロディーとリズムと音程が、たまたまぼくに「ぴったり」だったんだと思います。「雰囲気」や「気分」も組み合わさって、「ぴったり」収まった。
NIKIIEはライブのMCで、「伝えること」の難しさを語っていました。表現者として、自分の意図通りに伝わらないこともある「怖さ」を切々と語ってました。
でも思うんです。ぼくにはこの人の歌がすごくポジティブに伝わってきたんだけど、それは必ずしも、作り手の意図とは違う感じで、なんです。だって、そもそもこの曲が響いてきたのは「紫陽花の咲くこの季節」ではなかったし、ストーリーが持っている具体は、その時のぼくにはほとんど意味が無かった。でも、この歌の言葉やメロディーが胸を打つんだから、「表現されたもの」の解釈は、あくまで受け手の自由なんだよなぁ、と改めて思ったんです。
表現者はファンやフォロワーを選べない。ある意味では、その表現したものによってファンになるべき人を選別してるとも言えるけど、その理由までは選べない。NIKIIEが読んだら余計に「怖さ」を感じてしまうかも知れないけど、表現するってそういうことだと思います。
あ、このことって、Twitterやっててずっと感じてたことでもあるんです。フォロワーは物理的には選べないけど、ある意味その人の言葉がフォロワーを選んでる。それも含めて「自己責任」なんじゃないかと。きっとぼくたちは、そんな自分の意図のまわりに点在する標準誤差みたいなものも受け容れながら、何かを発信していかなければならないんでしょうね。誤差のバブルが小さくなるように、表現の仕方を自分なりに工夫することもできますし。
まぁ「怖さ」はいろんなところにあるけど、そんな「ぴったり」な曲に出会えたことを、今は素直に喜びたいと思います。「受け手」として、これ以上の喜びはないよね。なんか「今年の一枚」というより「今年の一曲」って感じになっちゃいましたね。