はやいものでもう6月です。たまには道徳の授業のお話でも。
先日の道徳では副読本(東京書籍)にある「ぱなしの女王」というお話を読み、考えました。主題は「望ましい生活習慣」ということで、ついつい「出しっぱなし」「やりっぱなし」にしてしまう女の子が、自分の弱い気持ちと向き合って、規則正しい生活習慣を身につけようとするお話でした。
ただ、このお話を読んでいて思ったのは、そういうのって「気持ち」だけの問題なのかな、ということです。
規則正しい生活習慣とか整理整頓とかって、「親のしつけ」とか「気持ちの問題」に大きく影響を受けることは確かにあるでしょうけど、それだけではないと思うんです。このお話の中にも「ちゃんとしたいとは思うのだけど」という主人公の気持ちが語られていましたが、自分の経験を振り返っても「ぱなし」な子たちだってそれなりに強い自責の念や「今度こそ」という熱い思いをもって生活してるんです。
その絶対量が足りない、と言われるとそうなのかも知れませんが、少しだけ目先を変えて、その「気持ち」を正しい場所にぶつけて、意味ある改善プランを立てることも大切だと思います。片付けられない人には、その人なりの理由や原因があって、ということは、その人なりの解決策もあるはずです。
なので、道徳の授業としてはどうかと思うのですが、授業の終末は「ぱなしの女王」を返上するための具体的な主人公へのアドバイスを考えてみました。限りなく「特別活動」的ですけど。
その流れで、限りなくライフハック的なお話をしたり、自分自身のADD的な特徴について語ったり、「俺文庫」に置いてある佐々木さんの本をご紹介したりしました。こんな授業もありかな?
- 作者:佐々木 正悟
- 発売日: 2010/02/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
地区の先生方が見に来てくださるようですが、私は道徳界の常識みたいなものをちゃんと学んできてないので、今更知ったかぶりしてもしょうがないので、私らしい切り口でやろうと思います。ありがたいことにそういう風にやらせてもらえそうです。中には「あなたらしくICTとか使って見栄えする授業してね」と言う人もいます。
でも天邪鬼な私は、こう言われると機械類を使いたくなくなってしまうから困ったものです(笑)
確かに(道徳でも英語でも)普段の授業では自分のICTデバイスをそれなりに活用しているつもりはありますが、それは何かしらの効果を得られそうなとき(準備がラクというのも「効果」のひとつ)であって、研究授業の見栄えをよくするために使うは違うと思うし、そもそも個人所有の機器を使いながら「うちの学校はこんなにICT も使ってます」みたいなアピールはもっと違うと思うのです。授業を観に来た人だって、「個人でああいうの持ってる人はいいけど…」って思うだろうし。だから学校で備品として買ってくれるなら、喜んでそういう場でも使いたいんですけどね。そういうふうにはお願いしてみようと思ってますけど。
やれやれ。
ということで、この土日はこれまでずっと「先送り」していた道徳の資料分析と指導案作成に充てたいと思います。