久しぶりの「お祭り」

 なんだかんだ言って久しぶりのJASELE参戦となりました。大学院を経験して以来、中学校教員時代もできるだけ毎年行ってたんですけど、ここ1〜2年は行けてませんでした。ぼくの中でJASELEはお祭りなので、ほんとねぷた祭りでも見に行くような気持ちで行ってきました。

 もちろん、今回のJASELE参加は、自分にとってこれまでとは違う意味があります。大学教員となって、「教育」という部分ではなんとかスタートを切れた前期ではありましたが、「研究」面は全くといっていいほど後回し。そして、これまでのアカデミックな蓄積がない私にとっては、今後の研究のタネを探しに行くという大切な意味がありました。

 そういう意味で振り返ってみると、個別に巡回した研究発表のテーマ群に、私の現在の関心があるのだと思います。印象に残っているのは、「一貫性と結束性」「ライティングのフィードバック」「即興的な表現力」「ライティングの産出量」「ディクトグロス」「文法指導」というキーワード。

 一見バラバラに見えますが、今の私にひっかかるのはこういう言葉なんですね。書き出してみて、自分で改めて考えると面白いですね。ざっくり言えば、「(ディクトグロスみたいな)何らかのタスクを通して、特定の文法の定着度合いを高めたい」ということなんだと思いますが、TBLTの枠組みというより、文法がどんなふうに学習者に定着していくのか、という過程に関心があるのかも知れません。

 そういう意味では、1日目の最後にあった地区別のフォーラムで扱っていた「名詞句の定着」のお話がとても面白かったです。高校生に後置修飾がどの時期にどのくらい定着していくのかをつぶさに観察しているプロジェクトなんですけど、中学校で習う文法も高校3年間くらいをかけて緩やかに浸透していく、という当たり前といえば当たり前のことを、ちゃんと数字で示してくれていました。

 個人的には、自分がすごく大切だと思っている名詞句を全面的に取り上げてくれて嬉しいんですけど、一方でそんなに大事だと言っている名詞句を(冷静な調査のためとはいえ)明示的には指導しないであくまで自然に定着していくのを見守っている様子には歯がゆさも覚えます。文法練習でも読解練習でも、なんなら音読でも名詞句を取り出してトレーニングしていた自分の生徒たちであれば、もっと高い数値を出すと思うし、そういう方法を研究しないものか、とも思うのですが、プロジェクトに関わる方とお話をさせていただき、研究者が抑制的であるべき理由みたいなものをお伺いして、なるほどなぁとも思いました。(それについては、また別に機会に書こうと思います)

 そもそも修論を書いていた頃の自分も、「指導の効果」みたいな研究にはあまり興味が持てなくなっていました。指導法そのものの良し悪しよりも、指導者の力量の方が大きく影響しちゃいそうに思ってしまって、指導者を問わず生徒にとって重要な問題であるテスティング分野に関心が移って行ったのだと思います。そんなことを考えると、もっとシンプルに、生徒の学びの様子をそのまま記録するような研究に取り組んでみたいとも思うようになった今回の旅でした。

 さて、今回は自分が春に大学へ移ったこともあり、いろんな方々へのご挨拶も重要なミッションの1つでしたが、むしろいろんな方からお声かけいただき、大変恐縮してしまいました。たくさんの人に会えること(そして美味しいものを食べられること)が、やっぱりJASELEがぼくにとって「お祭り」である所以です。そういう意味では、今回もお祭りを楽しむことができました。ご一緒させていただいたみなさま、本当にありがとうございました。

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